「 降ってきましたねえ・・・ 」 出口で
役所の人がつぶやいた。春の天気は変わりやすい。
背の高い初老の男性が、少し強めの雨を見ながら
その中でも走って行こうか、少し小雨になるのを待とうか
迷っている風だった。手はポケットに入れている。
背の小さな、年配の女性が隣に立った。
髪は、短くて愛らしい顔立ちの人だ。
用意してあった折りたたみの紅い傘を開いた。
「よかったらご一緒に・・・」と、男性に云った。
男性は、少し驚いたようでもあったけれど
その傘に、入れてもらって前の階段を下り始めた。
折りたたみの傘は、小さめである。
男性は、背の高い。女性は小さいから一段上から
男性に傘をさしかけていた。男性は、相変わらず
ポケットに手を入れたまま、階段を下りゆく。
女性は、苦笑しながら手を伸ばして、小走りしながら
傘が彼の頭に当たらないように、雨に濡れないように
している。春の雨だから、強くはないけれど、
彼女のほうが傘から出て濡れ始めていた。
私は、少し後ろから見ていて、
『 もう・・・ そういう時は、傘を持ちますって・・・
女性にさしかけてあげないと・・・ 』 などと、
いつものように、おせっかいに思っていた。
やっと気づいたのか? しばらくすると男性が止まって
会釈のような、自分で自分に『うん』というようにうなずいて、
「傘、持ちます!」と小さく云った。
女性は、にっこり微笑んで、傘を渡した。
中途半端なペコリだったけれど、私は、ほっとした。
『 そうそう・・・ それでなきゃ・・・ 』
今度は男性が、傘を女性の方に傾けている。
遠慮気味に離れているので、男性の左肩が濡れている。
女性に合わせて歩くのもゆっくりになっっている。
女性は、楽そうに、微笑みながら、男性に話しかけている。
男性は、小さくうなずいたりしている。
しばらくすると、明るくなってきて、小雨になってきた。
いつしか雨はやんでいた。
私は、傘を下ろして空を見あげた。
『 もう大丈夫みたいね 』 傘をたたんだ。
前の二人は、まだ、傘をさしたままだ。
雨が止んだのに、気づいてないのか?
そのまま歩いていた。
女性は、左側の男性の顔を見上げて
まだ、何か話しかけながら、微笑んでいる。
歩きながら、男性は、固まってしまったのか?
傘をどうしたらいいのかわからないのか?
『 雨は上がったのに・・・ 』 そう思っていると、突然、
男性は、傘をさしたまま、女性を置き去りにして
はや足で歩きだしてしまった。 『 アラ? 』
女性は、立ちつくしている。 男性はまっすぐ、そのまま
壊れたロボットのように歩いてゆく。
不意に風が吹き、大きな桜の枝からバラバラッと
雨の粒が落ちて来た。私は、また傘を広げて、
走り寄って女性に差し掛けた。
「 すみません 」 女性は、小さく云った。
「 傘、持ってっちゃったんですね!」 というと
女性は、クスっと笑った。 「はい」
男性に目をやると、もう駐車場の花壇の前にいた。
菜の花が、揺れている。 雨を受けて黄色が鮮やかだ。
風が、桜の花びらを散らしている。
一瞬の強い風に、花吹雪になった。
男性は傘をたたむこともしないままそこに置き
またポケットに手を突っ込んで、それでも顔を上げ
花吹雪を受けていた。
春の陽がさして、風もすっかり止んだので、
私はもう一度傘をたたんだ。
「それじゃぁ・・・」 と、女性と別れた。
花びらはまだ、ちらほらと舞っていた。
そんな春の夢を見ました。