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2020年09月01日

誰でもいつかは・・・

認知症に関してのエッセイを募集していたので
書いてみました。



 誰でもでもいつかは
 
 生老病死は、誰も逃れられないもの。
人は、誰でもいつかは老いる。
今、九十二才の義母と暮らしているが、
数年前に比べると、当然のことながら体力は落ちている。
有り難いことに、頭ははっきりしているので助かっている。
話もできるし、ありがとうも言ってくれる。
私もコミュニケーションが取れるから普通に暮らせている。

 子供が小さい頃、
毎日家の前を歩いていくおばあちゃんがいた。
野良着で花をかかえて、お墓にでも通っていたのだろうか?
にっこりと挨拶をしてくれ、私の子供の頭を
撫でてくれたりして・・・その方は、後で認知症だったと聞いた。

 いつも着物を着て、髪をまとめていて
上品なおばあちゃんがいた。女学校も出られていて、
素敵な方だった。その方もある頃から
すべてがわからなくなったらしく、徘徊を繰り返した。
温厚で親孝行だった息子さんも、探しに探し、
大きな声を出して、軽トラックに乗せて、
家まで連れ戻すという日々が続いた。

 長年、漁師の家を仕切り八十歳を過ぎても、
船着き場に出かけていた元気なおばあちゃんも、
あるときから部屋に鍵を掛けられ、それでも
外に出てしまい、道の脇に寝ていたことがあった。
田舎なので我が家も寝るまでは、
玄関に鍵はかけていなかったのだけれど、
ある日、音もなく玄関から入り、
二階に上がる階段の途中を一心に昇っている
おばあちゃんを見つけた。「おばあちゃん!危ないよ。
ここは、おばあちゃんちじゃないから送ってくね。」
首をかしげていたが、そういう私の顔をみつめた。
それからゆっくり階段を下ろして、
家まで送り届けたことがある。夜だったからか、
家の人は誰も気づいていなかった。
 
 長い間、優しい笑顔で、その大きな心で
家族を支えた方たちにも、そんな日は
やって来るのだなあと考えさせられた。

 自分の母も、脳梗塞で
認知機能が低下した時期があった。
すっかりわからなくなったわけでなく、時々、正気に戻る。
そんな時、おかしなことをしたらしい自分に
落ち込んでいた。私もその時々に驚かされ、
なんでこんなこと・・・と腹の立つこともあった。
けれど受け止めるしかなかった。
有名な小説家でも、学校の先生でも、
お医者さんでもそうなることはある。
若年性のアルツハイマーなども聞く。
 
音楽仲間のNさんご夫妻は、やはり
同居のお母さんが認知症になられた。
色々大変だったようだ。けれど、そのうちNさんたちは、
どうせ介護するなら、楽しくやっていこう!と
決められたそうだ。何でも話し、何でも聞き、
それが繰り返しであっても、
初めて聞いたように相槌をうたれたとか・・・。
ご主人の晩酌もお母さんの部屋に持って行き、
「そうかね・・・そうだったんだね・・・」と会話は、酒の肴に。
お母さんも穏やかに過ごされたとか・・・。
見送られてからもお二人の記憶は、清々しい。

「しょんないもん・・・誰でもいつかは、なるだもん。
どうせ過ごすなら、怒っているより、楽しくした方がいいもんね!」
優しい覚悟の言葉だった。そこに愚痴や文句は伝わってこない。

今は、医療も、施設も充実している。そんな中で
どう別れの日を迎えたか・・・どう過ごしたか・・・
という記憶は、深く残る。

超高齢化社会となり、そんな家族を持つ人も
ふえてくると思われる。そうでないときは、それなりに。
そうなってしまったら、後悔のないように覚悟しておきたい。

誰でもいつか年を取る。家族で地域で、支援も受けながら
見守り過ごせたらと思う。

誰でもいつかは・・・
             


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Posted by 森のブリコ at 08:18 │思ったこと

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